April 15, 2008

読書: ほんとはこわい「やさしさ社会」

ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74) ほんとはこわい「やさしさ社会」 (ちくまプリマー新書 74)
森 真一

筑摩書房 2008-01
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大して面白くなかった。
なんでこんな本買ったんだろ。

ていうか、どんな社会であれ、必ず何らかの問題はあると思う。
以前は良かったとか言っても始まらない。
もう戻れないんですよ。
だから、これからどうするか、ですよね。

ま、というようなことを著者も考えているようですが。

社会についって語るっていうのは難しいっすね(適当なまとめ)。

March 18, 2008

「あー、わかるわかる」感の使い方

要は、勇気がないんでしょ? - Attribute=51

内容はさておき、こういう例えが危険なのは、「例え」そのものに対して「あー、わかるわかる」となって、次に、その「あー、わかるわかる」感が本題のほうにも無意識下で適用されてしまうこと。

話のわかりやすさが転じて、そもそもの問題についても「あ、そういうことか」と、わかった気になってしまう。

怖いですね。

March 16, 2008

弱者は絶対にそのポジションから抜け出そうとしない

弱者は絶対にそのポジションから抜け出そうとしない。
「抜け出せない」のではなく、抜け出そうとしない。
なぜなら、環境に左右されずに自分の力で強者になれるのだとしたら、強者の言っていることが正しいことになってしまうから。
逆もまた然り。
強者は、うまくいったりいかなかったりすることを環境のせいにはしない。
自分の努力によっていろいろなことが成し遂げられたと信じたいから。

確か内田樹がそんなようなことを言っていた気がする。

まあ、どっちも半分ずつ正しいのかな。

みんないったい誰と何の話をしてるんでしょうね

思いつきメモ:

弱者が自分の境遇に対して不満を言ったり、強者が弱者に対して「自己責任」だの「努力が足りない」だのと言ったりなんかしてるみたいですけど、みんないったい誰と何の話をしてるんでしょうね。

ていうか、生きる意味とか価値観とか、そいうものが全然違っている人間同士で議論して何らかの結論が出るとは思えないです、そもそも。
とか、まあそんなこと言ったら何も始まらないんですけど、いろんな言説を見ててつくづく不毛だなぁと思うんです。
議論の方向性が、物事を解決していこうという方向に向いていないように見えます。

例えば仕事においてこれに似たような状況に陥るといろいろまずい。
協力しあうべきなのにお互いを非難することばかり考えてる、とかね。
不毛ですね。
でも人間ってそういうゴタゴタからは容易に抜け出せないんですよね。

March 2, 2008

あなたがそうさせない限り、誰もあなたを利用することはできない

氷河期の猛吹雪にズダボロに引き裂かれた人々と、グングン成長した人たち - 分裂勘違い君劇場
とか、
syncのれんあい☆にっき ver1.1
とか、
reponの日記
とかの記事を読んで思ったこと。

まあ、あれですね。
たぶん、仕事頑張りすぎなんですよ。

残業なんか、したくなかったらしなければいいんですよ。

残業ってのはあくまで自分の意志でやることだと思うんですね。
仕事に限らず人生における「行動」って全部自分の「意志」でやるわけですよ。
「サービス残業をさせられた」とかいう表現がそもそもおかしいと思います。
やりたくなかったら断ればいいんですよ。

つまり僕が言いたいのはこういうことです。

あなたがそうさせない限り、誰もあなたを利用することはできない

元ネタは以下。

Nobody can take advantage of you unless you let them
「結局、相手にいいようにさせているのは、自分の責任だ」
と。(直訳すると、「あなたがそうさせない限り、誰もあなたを利用することはできない」となります。)

On Off and Beyond: 座右の銘

でもあれですよね。
元々こういう考え方に対して適性の無い人は、あと 100 年生きたとしてもこういう考え方はできないかもしれませんね。
人生観がそもそも全然違うのかも。

全てを自己責任として引き受けることができない人が一定数存在することを前提として考えなくちゃだめなのか。
マッチョと小市民の二種類のタイプの人間がいて、それぞれがどうやったらハッピーになれるか、ということを考えていくべきなのか。
この記事を読むとそんなふうに思う。
小市民も幸せに暮らせる社会へ - 雑種路線でいこう

僕のすごく個人的な意見ですけど、「○○のせいで自分はこうなった」というような発言って、なんか、自ら負けを認めてるようですごく嫌いなんですよ。
ていうか、だいたいこういうことって、物事がうまく回らなくなってきだしたあたりから言い出すんですよね。
いろいろなことがうまくいってるうちは、周りがどうとかってことはあまり言わない。

仕事がうまくいっているときに「いやー、全ては会社のおかげ、上司のおかげ、同僚のおかげですよ〜」とか言う人は少ない気がする。
逆に、仕事がうまくいってないときは周りの人間の文句ばっかり言ってたりするケースが多いんじゃないかな。

人間って、不快なことの原因をすぐ他人に転嫁してしまうんですよね。
少なくとも僕にはそういう傾向があります。

例えば、仕事がめちゃくちゃ忙しくてかなり疲れている時に、近くにいる元気そうな顔の同僚を眺めてみます。
するとあら不思議、その同僚のことが急に憎たらしくなってきます。
「俺がこんなに頑張ってるのにーー!こんなに疲れてるのにーー!!おまえは何をしてるんだーー!!」
ってね。

February 18, 2008

読書: 「関係の空気」「場の空気」

「関係の空気」 「場の空気」 (講談社現代新書) 「関係の空気」 「場の空気」 (講談社現代新書)
冷泉 彰彦

講談社 2006-06-21
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あんまりおもしろくなかった。
内容が良くないというわけじゃなく、今の僕にとってはおもしろい内容じゃなかったということ。
うん、まあ、話の内容が著者の推測の域を出ていない感じがしたし、特に意外な発見みたいなものも見つからなそうだったので、そんなに丁寧には読んでないです。
「敬語とタメ口のたくみな使い分け」みたいな話はそこそこおもしろかったかな。

日本の多くの会社が儀式的な会議を好むのは、「空気」を醸成して「空気」に基づく決定をする以外には動けないからなのである。

というのはまさにそうなんだろうなぁ。

話は変わるんですけど、最近「一冊の本を読むのにどれだけの時間をかけるのか」というのをものすごく意識するようになってきました。
本を読んでいて「あ、これあんまりおもしろくないかも」と思ったら、ダラダラ読み続けてしまわないように、いつまでに読み切る(もしくは読むのを諦める)かを決めてしまいます。
そうすると、「重要そうなところだけ目を通しておこう」という意識で読めるので、時間が無駄にならない気がしてます。
あと、通常の読書モードに入る前に、はじめにじっくりとその本全体の構成を頭に入れるように心がけたりもしてます。
どういうことが書かれている本なのかをきちんとイメージしてから通常の読書に入った方が効率よく読める気がします。

February 14, 2008

最近読んだ本

ワーキングプア―日本を蝕む病

ワーキングプア―日本を蝕む病 ワーキングプア―日本を蝕む病
NHKスペシャル「ワーキングプア」取材班

ポプラ社 2007-06
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読んでて悲しくなる。
自分は結構恵まれてるな、としみじみ思った。
そもそも、全ての人間が幸せに暮らしていける社会なんて実現できるんですかね。
今の僕はこれ読んでも何の結論も出せないな、と感じた。

世界一やさしい問題解決の授業

世界一やさしい問題解決の授業―自分で考え、行動する力が身につく 世界一やさしい問題解決の授業―自分で考え、行動する力が身につく
渡辺 健介

ダイヤモンド社 2007-06-29
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この本に書かれているような問題解決のための「考え方」を、自分の子供にはぜひとも身につけてほしいと思う。
ていうかー、こういう考え方ができなくてどうやって仕事するのか、って思うんですけど、どうでしょう。
問題解決ばかりが仕事ではないかもしれないけど、なんていうか、要はこういうのって、目的を達成するための「手法」ですよね。
物事をいかにうまく分析して望む方向に持っていくか、みたいな。
ていうか、プログラミングなんて問題解決の連続なわけで。
ちなみに今日、一つのバグを潰すのに 3 時間かかった。

なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか

なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎 (日経ビジネス人文庫) なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか―記憶と脳の7つの謎 (日経ビジネス人文庫)
ダニエル・L. シャクター Daniel L. Schacter 春日井 晶子

日本経済新聞社 2004-11
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これは面白いですよー。
記憶にまつわる話ってだいたい面白いですよね。

ほんと、記憶ってのは信用ならない。
なにこの記憶の適当さ加減?!、みたいな。
けど、その信用ならないものを信用しないことには始まらないというか。

「記憶の書き換え」がなぜ起こるかなんだけど、そもそもちゃんと記憶として脳みその中にコード化されてなかったりするらしい。
で、思い出すときに、脳に格納された断片を再構成したりして、そのときに間違った繋げ方をしちゃったりすることによって「記憶の書き換え」みたいなことが起きると。

何かを覚えようとするときは、いろいろな物に関連付けて覚えるのが良いらしい。
紙に書き出すとか。

記憶によって今の自分、生活、人間関係、仕事などが成り立っているんだなぁって考えると、あらためて記憶って重要だなぁって、思う。
しかしシステムとしては実に頼りない。
でもそこそこうまく機能してはいる。
というか、完璧ではないからこそうまくいくのかな。
どうなんだろ。

自分の過去の記憶が全部偽物だったとしたら、とか考えると怖くなりますね。