May 2, 2008 at 0:44 , Tags:
人間,
仕事
あのー。
僕、仕事で他人と感情的なやりとりするのあんまり好きじゃないんですね。
仕事における感情って、だいたいがアレですよ。
アレから生まれてくるんですよ。
あの、いわゆる「プライド」ってやつ?
仕事においては、おかしな感情ってのはだいたいおかしなプライドから生まれてくる(気がする)。
なんといったって、仕事においてはみんな同じ土俵に立たなくちゃならなくて、そんな場所でよりどころにするといったら、根拠のない自信すなわちプライドくらいしかないんですね。
いや、わかんないけど、すくなくとも僕自身はそう。
あとは、ここに年齢の問題とかが非常に複雑に絡んでくる。
その他にも、距離感とかコミュニケーションにおける時間差とかが、そういった問題をより複雑にすることが知られている。
April 28, 2008 at 1:20 , Tags:
読書,
人間
なんだかんだいって僕、自己啓発本が好きなのかも。
「ホントかなぁ〜?」と疑いつつもついつい読んじゃう。
実際どれも良く書かれている。
どうやったら読者のやる気を引き出せるかというのを非常に深いところまで考えている。
ま、でも、なかなかそんなにうまくいかないと思うんだけど、あの手この手と非常に工夫してる。
「人はどうやったら変われるか」とか「そもそも人は本当に変われるのか」とかいうのは僕にとっての永遠のテーマなので、どうしても気になっちゃうんですよねぇ、こういう本。
この本の「おわりに」に書かれていたんだけど、
人は、その考え方の通りの人生を生きることになる
これは本当にその通りだと思いますね。
「失敗するかも〜」と思ってたらまず失敗するし、「必ず成功する!」って思ってたら成功する(かもしれない)し。
あれですよ、「物事のとらえ方の違い」ってのが人生にめちゃくちゃ影響してくるんです。
最近思うのが、「諦め」って重要だな〜、ってこと。
「諦め」にもいろいろあるけど、ここで僕が言ってるのは、現状に不満があったとしても文句とか言うんじゃなくてとりあえずそれらを諦めて受け入れてみる必要があるという、そういう意味の「諦め」。
もうね、仕方ないんですよ。
大して才能がなかったり、頭が良くなかったり、家が金持ちじゃなかったりとかね。
そういうのは諦めるしかない。
考えても現状が良くなるわけじゃないから無駄なんです。
今さらどうしようもないことについてあれこれ悩んだり嘆いたり文句言ったりしても無駄なんです。
本当はそうやって抱えてる問題から目をそらしてるだけなのかもしれない。
…
というようなことを、この本を読んで考えさせられました。
April 13, 2008 at 23:22 , Tags:
思考,
人間


日々さまざまなことを考えている人にとって、昨日人に話したことは百ある考えうちの一つでしかなくて、後日その話題が出ても上手く思い出せないというか、ピンとこないことが多い。
の図。
…
あんまり上手く描けなかった。
April 12, 2008 at 1:52 , Tags:
Web,
人間
インターネットによるコミュニケーションって、基本、文字のやりとりな訳で。
その部分に関してだけ言えば技術的にどんなものでも作れるはず。
要は、どのように文字をやりとりするか、というのを考えるのがアプリケーションを作る人が考えること。
うーんと、Web アプリケーションってだいたいがコミュニケーションのためのインフラでしかなくて(だから重要ではないというわけではない)、重要なのはその上でどういう人間の営みが行われるか、なんですよね。
絵にするとこんな感じ。
でも現状、そのインフラの上で上手くコミュニケーションできている人はあまり多くない。
たぶん、いろんなレイヤーがあって、それぞれに応じた Web アプリケーションが必要とされているんですね。
以上。
…
なんか、あんまり考えまとまってないけど。
追記:
Web によって確かにいろんなものがフラットになる。
しかし、それはコミュニケーションの手段であるインフラ的なところがある程度フラットになるだけであって、コミュニケーションそのものがフラットになるわではない。
Web がどんなに発達しても、ヒエラルキー的なものはなくならない。
人間がそれを使う限りは。
…
とかなんとか。
March 18, 2008 at 0:13 , Tags:
社会,
人間
要は、勇気がないんでしょ? - Attribute=51
内容はさておき、こういう例えが危険なのは、「例え」そのものに対して「あー、わかるわかる」となって、次に、その「あー、わかるわかる」感が本題のほうにも無意識下で適用されてしまうこと。
話のわかりやすさが転じて、そもそもの問題についても「あ、そういうことか」と、わかった気になってしまう。
怖いですね。
March 17, 2008 at 23:41 , Tags:
脳,
哲学,
人間
MORI LOG ACADEMY: 入力ばかりだと
面白いものはないか、楽しいものはないか、と大勢が自分の外部を探している。自分の内部を探す人は少ない。
入力ばかりだと - www.textfile.org
どうしたら、自分で考える習慣が身につくだろうか。…はい、ここがチャンス。まず最初に、「どうしたら自分で考える習慣がつくだろうか」の答えを自分で考えるところからはじめればよいのではないだろうか。
上記の記事について、ちょっと考えてみる。
まず、森博嗣氏のほう。
自分の内部を探してもおもしろいものなんてまず見つからない。
自分というのはそもそもそれほど特異なものではない。
考えてることなんてみんなだいたい同じ。
おもしろい考え・アイデアが自分の内部から勝手に湧き出てくるなんてことは絶対にない。
そもそも人間の脳みそはそんな不可解なものではないと思う。
今まで脳みその中に存在しなかったものが突然姿を現す、なんてことが起こるわけない。
にしても、自分が思っても見なかったようなアイデアを思いつく(ように思える)時も確かにある。
でもそれは「そんな気がする」だけ。
何かを思いつくためには絶対に外部とのインタラクションが必要だと思う。
人間の思考というものに対する考え方がちょっと短絡的だなと、文章を読んで思った。
「自分の内部」とか「入力」とか、そもそもそいう言葉が何を表すのかをちゃんと理解して文章を書いてるんですか?、と言いたい。
(ま、僕も言葉の用法に関してはかなり適当だけど)
こういう言葉につられる人は多い。
そういう人たちは、「自分の内部」とか「入力」とかいうものをただ想像してしゃべっているにすぎない。
それが何を意味するのかは本当には考えていない。
「他人とは完全に切り離された自分」という存在がどっかにあると思ってるんだろうな。
ま、それはいいや(僕もこのテーマについてはまだあまり考えまとまってないし)。
というか、「入力ばかり」であることについてどうこういうのは筋が違う。
(というか、入力ばかりでも別にいいじゃん、とか思った)
だいたいアレですよ、自分の考えてることなんてほとんど他人の真似でしかなんいんですよ。
他人の真似の寄せ集めこそが「自分」なんです。
他人の思考を足がかりにしないと人間は何も考えられない。
そういう意味で「入力」は必要というよりは、思考のベースになるものであるからして、必須なんです。
つまり、「出力」は「入力」ありきなんですよ。
次、結城浩氏のほう。
上記をふまえて。
「自分で考える」という思考様式があるんだと思う。
「自分で考える」ことができる人は、その思考様式を他人から学んでいるはず。
というわけで、とりあえず他人の真似から入ったらいいのではないでしょうか。
(何に?)
えーと、つまり何が言いたいかと言うと、「自分で考える」っていうのはそんなにとりたてて特別なことじゃない、ということ。
思考様式の一つに過ぎないんじゃないので。
「自分で考えない」というのも場合によってはアリだと思うし。
(終わり)
March 16, 2008 at 23:13 , Tags:
社会,
人間
弱者は絶対にそのポジションから抜け出そうとしない。
「抜け出せない」のではなく、抜け出そうとしない。
なぜなら、環境に左右されずに自分の力で強者になれるのだとしたら、強者の言っていることが正しいことになってしまうから。
逆もまた然り。
強者は、うまくいったりいかなかったりすることを環境のせいにはしない。
自分の努力によっていろいろなことが成し遂げられたと信じたいから。
確か内田樹がそんなようなことを言っていた気がする。
まあ、どっちも半分ずつ正しいのかな。