物が見えるっていうのはどういうことか。
コップを見ているとき、そのコップの映像が脳の中に取り込まれているのか?
多分それは違う。
「映像が取り込まれる」という感じじゃない。
人間はコップを見ているとき、コップを見てるのだ。
↑意味不明っすね。
えーと、つまり、コップを見ようとしているからコップが見えていると。
コップを見ているときにコップを見ようとしない、なんてことがそもそも不可能だとは思うんだけど。
脳はコップを認識できるように「最適化」されているんだと思う。
コップだけじゃなく、この世界自体に最適化されているはず。
それは言語(シニフィアンだっけ?)を用いて実現されている、ってのがラカンの考えなんだと思う。
それがコップだとわかるのは、言語によって作られたシステムにおいてそれがコップであるとされているから。
世界を記述する為に言語が存在するんじゃなくて、言語が世界そのものを形作っている、というような話だと思う。
まだあまり理解できてない。
今これ読んでます。
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生き延びるためのラカン 斎藤 環 バジリコ 2006-11 |


